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舞に息づく祈り ― 女性神楽師・藤原里菜がつなぐ備中神楽

「太鼓の音を聞くと、体が自然に動くんです」


そう笑うのは、岡山県高梁市出身の藤原里菜さん。伝統芸能「備中神楽」発祥の地に生まれ、兄の影響で5歳から神楽を習い始めた。いまでは女性として初めて神楽の舞台に立ち、市内外で奉納や公演に取り組んでいる。

備中神楽は、古来より神に感謝を捧げ、五穀豊穣や地域の安寧を祈るために舞われてきた。笛と太鼓が響く中、神々が面をつけて現れ、剣を振り、舞いながら物語を演じる。勇壮でありながらどこか温かいその舞には、祈りと人の想いが込められている。

藤原さんの好きな演目は「大蛇退治」。
「素顔で挑む『大蛇退治』は体力勝負。息が上がるほど激しい所作の末に一太刀を振り下ろす瞬間、神の力に背中を押されるように感じます。」
その言葉の通り、彼女の舞は真っ直ぐで力強い。女性であることは特別ではなく、神楽師としての誇りと責任が彼女を支えている。

「神楽の舞台に立つと、男女とか年齢とか、そういう境界がなくなるんです。面をつけた瞬間、私はただの“舞手”になる。観ている人の心に何かを残したい――その気持ちだけです。」

備中神楽は江戸時代から脈々と続く伝統芸能だが、今も進化を続けている。若手や女性の舞手が増え、地元の祭りだけでなく県外での公演も盛んだ。地域に根ざした「生きた文化」として、今も人々を惹きつけてやまない。

「神楽は、見る人にも舞う人にも“祈り”を与えてくれると思います。
太鼓の音を聞いて、心が動く人が増えたらうれしい。私たちの世代が、それを次につないでいく番です。」

静かに語る藤原さんの瞳には、神楽への誇りと未来への希望が映っている。
彼女が舞うその一瞬一瞬に、古の祈りと新しい息吹が交わり、備中神楽は今も高梁の地で息づいている。

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