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吹屋の町並みはなぜ赤い?―吹屋の赤の物語

岡山県高梁市の山あいにある小さな町、吹屋(ふきや)。
道の両側に並ぶ江戸時代から変わらない家々の壁や格子、瓦まで、どこかあたたかみのある赤色に包まれています。

なぜ吹屋の町並みは、こんなにも赤いのでしょうか?

今回は、これを読めばきっと吹屋の町を歩きたくなる、世界でも珍しい赤い町 吹屋の蘊蓄(うんちく)話をお届けします。

岡山県高梁市 吹屋の赤い町並み

銅とベンガラの町、吹屋

かつて吹屋は、銅山とベンガラ製造で大いに栄えた町。

「ベンガラ」とは、鉄を主成分とする赤い顔料で、古くは寺社の朱塗りや陶器の赤絵、朱肉などにも使われ、古来より大切な場所やものを守ったり、また日本の“赤”を美しく表現するためになくてはならない貴重なものでした。
また長持ちする性質をもつことから「物は朽ちても、色は残る」と謳われ、実際に紙に押した朱肉は、紙がボロボロになっても色は残るという。

このベンガラが、なぜ吹屋で作られるようになったのか?
その理由は、ベンガラの原料にあります。

実はベンガラの原料となる鉄鉱石は、もともと吹屋の銅山で銅を採掘する際の“じゃまもの”でした。
山の片隅に捨てられていた鉄鉱石のくず石がたくさんあり、ある時、風雨にさらされて表面が赤く錆びているのを見た人がいました。

「この赤、何かに使えないだろうか?」
――その発見こそが、吹屋のベンガラづくりの始まりだったといわれています(諸説あり)。

吹屋のベンガラを使った九谷焼の手水鉢 (「旧吹屋小学校」展示品)
鮮やかな赤は吹屋のベンガラならではの色合い

吹屋のベンガラ職人の探求心が生んだ、日本随一のベンガラ

その後、年月をかけて吹屋では、より美しい赤を求めて独自のベンガラの製法が生み出されました。
そして江戸末期から明治にかけて、吹屋ではベンガラの製造方法を確立し、吹屋のベンガラは日本随一の品質と生産量を誇りました。

さらには吹屋で一番の大店のベンガラ製造窯元であった片山家は、ベンガラを内国博覧会へ出品したり、ポスター広告を作成するなど、全国規模で事業を展開し、現代にも通じる“商売上手”な一面もありました。

※内国博覧会:内国勧業博覧会(ないこくかんぎょうはくらんかい)は明治時代の日本で開催された博覧会。政府主導で国内の産業発展の促進や、魅力ある輸出品目育成を目的として開催された。

片山家が制作したベンガラ製品広告ポスター(「旧片山家住宅」展示品)
ローマ字の表記もあり、新しいものを積極的に取り入れている様子がうかがえる
内国博覧会の賞状(「旧片山家住宅」展示品)
中央上には菊花紋章が描かれている


このように、ベンガラの品質の高さと商才の相乗効果もあいまって、ベンガラ長者たちは財を成し、お金のある所には人が集まりました。
そして、大切な家を美しく守るために、ベンガラ窯元のお屋敷にはベンガラが塗られ、それらを中心にこの山の中にこのような美しい町並みができたというわけです。

ベンガラは、いまも私たちのそばに

吹屋で花開いたベンガラ製造ですが、残念ながら昭和40年代を最後に、吹屋でのベンガラ製造は終了しました。

しかし、現代ではベンガラは全国で工業的な合成方法でつくられ、赤だけでなく、黄色、黒色など赤以外の色のベンガラも製造できるようになりました。また用途も様々で、塗料や染料、陶磁器だけでなく船舶のサビ止めにも使われています。

カラフルなベンガラ染の作品

その他最近では、磁気に関連する最先端の分野でも使われていて、身近なところだと、高純度のベンガラはスマートフォンの部品の中や、クレジットカードの磁性体にも使われているんです。

ベンガラは昔あった赤い顔料、古いもの、ではなく、今もなお存在していて、また形を変えて、思いのほか私たちの身近にあって、触れているものなんですね。

古(いにしえ)の赤をたどって歩く

吹屋の町並みを歩くと、赤い屋根瓦や格子が連なる景観の中に、どこか懐かしい温もりを感じ、江戸時代の職人たちが生み出したベンガラの色は、今もこの町のそこかしこに、空気や時間の中に息づいています。

そして吹屋には、実際に残る”古(いにしえ)の赤”の痕跡があります。2か所ご紹介しますので、吹屋に来たらぜひ探してみてくださいね。

<古(いにしえ)の赤の痕跡 その①>

■旧片山家住宅の軒下:
「旧片山家住宅」は、かつて吹屋で一番大きなベンガラ窯元お屋敷で、国の重要文化財に指定されています。ここにきたらまず、軒下をのぞいてみてください。家屋の表面には、ほとんどベンガラが残っていませんが、軒下をのぞくとしっかりと当時塗られたベンガラの色が残っています。

(キノコみたいに飛び出ている白いものは、「ガイシ」ですね。昔は電線を配線するのに、普通の家屋でも「ガイシ」を使っていました。)

国の重要文化財「旧片山家住宅」
町並みを歩くと、ひときわ大きいベンガラ窯元のお屋敷が目に入る
「旧片山家住宅」 の軒下をのぞくと、しっかりとベンガラの色が残っている
白いガイシも見えます

<古(いにしえ)の赤の痕跡 その②>

■「旧片山家住宅」内 裏庭の工場の壁:
 「旧片山家住宅」の裏庭にある、ベンガラを箱に詰める作業をする工場の壁、敷石が赤く染まっています。
 これは塗ったのではなく、舞い散るベンガラの粉が自然に付着したものだそうです。

 触れたらベンガラの粉で真っ赤になるので、服や体につかないように気を付けてくださいね。

工場の入り口
当時のベンガラが染みついた壁や敷石
近づいてみるとベンガラの粉が分厚く付着しているのがわかる
横には注意書きも

おわりに

吹屋の”赤”の物語、いかがだったでしょうか?
吹屋の“赤”は、ただの色ではなく、時を超えた鮮やかな記憶とつながっています。

そしてこの赤い町並みは、年月を経て今も人々の営みを守り続けています。
言葉では伝えきれない赤の記憶を、町並みの佇まいを、ぜひ吹屋に来て感じてみてくださいね。

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